マーケティング Diary

インタービスタ 上野啓子のブログです

父のこと

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3度の開腹手術と抗がん剤治療で3年間、癌と闘ってきた父が先々週、亡くなりました。
亡くなる前々日まで意識もはっきりしており、病床でもメモ用紙とペンをおいて自分の病状など書き記していた父でした。
意識が無くなってからの36時間は貴重なそして神聖な時間でした。家族皆で(妹と私だけでなく夫も甥や姪も揃って)最後まで在宅で看取ることが出来たことは家族にとってなぐさめとなりました。
父の最後まであきらめずに生きようとする姿勢はもちろん、命がきえていく瞬間をまじかで見せてくれたことで私自身たくさんのことを感じました。自分が苦しいはずなのに家族を気遣って決して弱音を吐かなかった父ですが、7月上旬一週間だけ入院した時には、病院の受付の前にいるご婦人を見て「あの人お母さんに似てるな~」とポツリと言ったことがありました。私から見るとその人が特に母に似ているとは思えなかったのですが、「そうだね」と答えました。あの時ばかりは「これからどうなるのだろう」と感じていたであろう父の不安と心細さを私も身近に感じ、何も出来ない自分が情けなく、母がそばにいてくれたらな~と思ったものです。

7月の3週間は、24時間対応の末期がん緩和ケアの在宅支援クリニックの先生にも、そして週3回来てくれる看護師さんにもずいぶんお世話になりました。同居し常にそばにいてくれた妹は特に「心のケアをしてもらっている」と感謝していたくらい素晴らしい看護師さんでした。

父の残していたエンディングノートをガイドに妹と私は、そこに記されていた連絡先に連絡をし、指定された遺影に決め(母の遺影が父との2ショット写真なので父をそれを選択)、何迷うことなくすすめられました。母の葬儀の時、あまりに突然で苦労して喪主を務めた経験から父はエンディングノートは作ると宣言していました。通夜・告別式では父の会社時代の友人や川柳会の友人にお別れの言葉を述べていただき、家族としてはとても励まされました。親戚のおじやおば、いとこ達、そして父のご近所さん達にも温かい声をかけてもらいました。集まっていただき、あらためて感謝の気持ちでいっぱいです。

覚悟をしていたとはいえ、また誰でも必ず経験することとはいえ、やはりいざ体験してみると両親を亡くしてみていかに父母に守られていたのかはこれから実感していくことになると思います。私の友人からは、「たくさん悲しんでゆっくり元気になっていってね、日々の生活、時間がゆっくり悲しみを和らげてくれますよ」と言われ、そうだそれでいいんだと楽になりました。
一方で今日は広島の原爆式典を見ながら、また震災で家族を同時に何人も失った方々を思いながら、どんなにかつらい思いをしたのだろうと思いをはせました。日々の生活を生きていくということ、その戻っていく日常すらもすべて失われてしまったわけで、すべてを無くした中でそれでも生きていくということ、そのはかりしれないつらさ、無念さ、深い悲しみを思いました。

Written by intervistatokyo

2012/08/06 @  

カテゴリー: その他