マーケティング Diary

インタービスタ 上野啓子のブログです

「親の家を片づけながら」を読んで

2013-12-23 11.54.13

これまで何度かこの本(「親の家をかたづけながら」リディア・フレム著)を手にしても、途中まで読んで辞めてしまったり、また読んでみようと書棚から取り出したりした。それくらいこちらの気持ちもナイーヴだったので読むのがしんどかったというのもある。
著者が書いているように「人はいつか父と母を失い、孤児になる」、「人生の第一歩から立ち会ってくれた人、自分を創り出してくれた人、命を分けてくれた人を、土の中にいざなわなければならなくなる。しかし両親を墓の中に横たえるのは、子供のころの自分を一緒に埋めるということだ」。そうなのです、自分を見守ってくれていた両親がいなくなる、そのことで感じる喪失感は予想以上にすごい。「残された子は、親への荒れ狂う思いを持てあますことになる」と著者も書いているようにその気持ちはまた変化もしている。

著者は、ひとりで親の家を片づけながらそんな思いと対峙する。私の場合は、父が残され父と一緒に母のものを片付けた。父は残すもの、整理するもの、ぞんざいにすることなく丁寧に膨大な時間をかけて整理した。また父は病気がすすむにつれ母のモノと同時に自分のモノもかなり片付けていった。
残された膨大なモノたちと対峙するのは本当にしんどい作業。今思うと私も父もいっきにそんなに進めなくても良かったのかもしれない。その時は妹たちがまもなく父の家に来るのでそうしなくてはダメだと勝手な責任感のようなものも感じていた。
母の残していったものと向き合いながら母が娘にしてくれていた数々のことをあらためて思い知り、また若かりし一人の女性であった母を知るモノたちも出てきたりしてほほえましかったりもした。
父もいなくなった後、父の残した数々のメモや日記はいまだ心が落ちつかずちゃんと読めないままでいる。
いずれゆっくりとむきあって読みたいと思う。

Written by intervistatokyo

2013/12/22 @  

カテゴリー: Books