マーケティング Diary

インタービスタ 上野啓子のブログです

Archive for 7月 2016

高原ゴルフ合宿

夏季休暇をいただき、恒例の「高原ゴルフ合宿(自称)」へ行ってまいりました。
3日間連続ラウンドしましたが、カートなのと、何より涼しいのでバテないのが高原効果。
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ラウンドするのは久しぶりだったので、最初あれあれ~~の連続でしたが、少しずつ思い出してきました。
ここは山の麓なので、水がきれいでちょっと歩くと冷たい湧き水が流れていたりします(写真わかりづらいですが)。

何より、空気が東京とはまったく違います!
山々が見えてこんな空気のいいところで夏もっと長く過ごしたいな~と思いながら、例年通り新鮮野菜をたくさん買って帰ってきました。
今週はインタビュー調査とその後レポートが待っています。つかの間、リフレッシュできたので、がんばります。

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2016/07/31 at  

カテゴリー: その他, 行ってみました

パリ・オペラ座バレエ オーレリ・デュポンさんの公開インタビュー

「ダンスマガジン」の主催でパリ・オペラ座バレエ芸術監督にまもなく正式に就任されるオーレリ・デュポンさんの公開インタビュー収録がバレエショップ、フェアリー(表参道)で行われました。
バレエをやっている子供たちやお母さん、そしてバレエ・ファンが集まり、まじかに元エトワールの佇まいを感じようと静かに待っていました。残念ながらオーレリ・デュポンさんの今日の写真はNGですので会場の写真を(左)。
右の写真はダンスマガジン2014年に掲載されていた彼女のパリ・オペラ座日記と写真をまとめた本「オーレリ・デュポン~美しきパリオペラ座エトワール」(新書館)です。

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今日のインタビュー内容も「ダンスマガジン」の発売前ですので詳しくは書けませんが、「ダンスマガジン」はオーレリさんを若いころからずっと応援してきただけあって、彼女にとても信頼されていることが見てとれました。
編集部の方の問いかけに対して、表面的なことだけでなく葛藤や挫折した体験なども含めて話しておられました。
パリ・オペラ座バレエ芸術監督としてのお話をされるときには監督のお顔になってキリリとされ、お母さんとしてのお話の時には優しい表情。エトワールで踊られていたころの話になると、ちょっとまた違う表情で。

感情豊かな目の動きとストレートな話しぶりをみていると、一人の女性として新しいミッション(監督)に立ち向かう心意気が頼もしく、とても楽しみです。
踊り手としても、パリ・オペラ座のエトワールは引退されましたが、今後踊られる時には是非またみてみたい思いを強くしました。

Written by intervistatokyo

2016/07/23 at  

カテゴリー: バレエ, 行ってみました

踊る和太鼓TAOの舞台を観てきました

六本木Zeppブルーシアターへ姪と行って参りました。
伝統芸能という印象のある和太鼓ですがコシノ・ジュンコさんの未来的でダイナミックな衣装をまとい、一人ひとりまったく異なるエッジの効いたヘアメイクをした若い団員達がパワー炸裂で踊ったり、太鼓を叩く舞台で2時間休憩なしにいっきに展開する舞台でした。

まるでシルクドソレイユのようなアクロバティックなパフォーマンスやダンスがTAOらしさなのでしょうか。
これまで二人とも和太鼓というと「鼓童」の舞台を多くみてきたので、どうしても比較してしまうのですが、鼓童がよりストイックで原始的で、身体ひとつで太鼓を叩き、美しく鍛えられた技術や精神性をみせる舞台だとすると、こちらはプロジェクションマッピングや衣装やダンスでみせるエンターテイメントという感じでしょうか。
我々はどちらかというと「鼓童」派かな~というのが姪と私の一致した意見。
舞台が終わった後は、二人でお茶しながら、姪が最近観たコクーン歌舞伎の「四谷怪談」の感想を聞いたり、これから観たい映画の話をした後、銀座に新しくできた東急プラザで雑貨やネックレスをみたり、珍しい色のマニキュアを試しづけで塗ってみたり、洋服を探したり。
こんな風に舞台を一緒にみたり、ゆっくり買い物できるのは、いつまでかな~あと少しよね~と思いつつ、帰ってきました。

Written by intervistatokyo

2016/07/16 at  

カテゴリー: その他, 行ってみました

「疲れない身体」をいっきに手に入れる本(藤本 靖著)を読みました

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パソコンを長時間使って疲れたとき、聞きたくない話をたくさん聞くはめになってストレスがたまったとき、耳をひっぱることで身体をゆるめるなんて、考えたこともないワークが冒頭紹介されていて、”あっ面白そう”と思い書店で買いました。
著者は「ロルフィング」という筋膜に働きかけて身体を整えるボディワークを習得している人。
耳も緊張しているという意識すら、そもそも無かった。。。

目の筋肉が疲れない方法としては、パソコン画面を目を緊張させて見つめるのではなく、「トンボの目でみる」=目ではなく後頭部にある視覚野あたりで見るつもりで(これ、イラストなしではイメージ伝わりませんが)=つまりパソコンの向こうの背景や画面の周辺なども含めて広範囲でみるようにすると首・肩の疲れまで違うということ。
確かについつい、眼球で画面の1点を見つめてしまいがち。そうすると視野も狭くなって、さらに力が入って眼球のまわりの筋肉や首まで凝ってしまうそうです。
これは人と面と向かって話すときにも使えるそう。相手の目だけを凝視するのではなく、顔全体を「トンボの目」で見るようにすると緊張しないそうです。
そういえば、私もインタビューの時には冒頭では相手の顔全体をみていて、だんだん話が深くなって共感したり同意したりしてくると、自然に目で直接合図を送っている気がします。最初から相手の目だけを注視しているとかえって緊張が伝わってしまいますので。

パソコンのキーボードを打つときにも指とキーボードの間に薄皮1枚挟んでいる気持ちで打つと過剰な力を入れずに打てるとか。
う~ん、これはついつい力が入ってしまうゴルフの時にも、柔らかくゴルフクラブを握る方法として使えそう~と勝手に応用編を考えてしまいました。
大事な場面でこそ、身体の力を抜いてパワーを出すということが大事ってわかっているのですが、ついつい緊張すると力が入る。プレゼンの時、人と会う時、スポーツする時、いろんな場面で活用できそうです。

Written by intervistatokyo

2016/07/12 at  

カテゴリー: Books

「脳はなぜ『心』を作ったのか」(前野隆司著)を読みました

2016-06-27 08.42.16

最近、AI(人工知能)についての記事を目にすることも多く、ロボットに心や意識が宿るのかについて私も関心をもってみています。この本は2回読みました。1回目は夢中で、2回目は蛍光ペンでハイライトしながら。

著者は、すでに小学校低学年で「私とは何だろう」「死んだら自分の心はどうなってしまうんだろう」ということを考えて眠れぬ夜を過ごしていたそう。
その後大人になり、ロボットの身体の成り立ちを研究する過程で、心はどんな風に運営されているかを考えたときにおそらくこういうことではないかという彼の仮説を説明したのがこの本です。
とにかくわかりやすくて、ああ~そういうことだったか、そう思わざるを得ないなと納得した箇所がたくさんありました。
例えばこれまで暗黙知という概念でとらえていたようなことも、神経回路のなせる技「非言語的記憶」だったんだと思えましたし、無意識という概念も神経回路がせっせと活動してくれているその仕事の結果なのだと思うと理解できた気がします。
そして「私」がすべてを川上からコントロールしているわけではなく、川下で起きた結果を自分がやったことだと錯覚しているという著者の提示する「心の地動説」は、斬新。東洋的でもありながら、刺激的。
私も小学校高学年で奈良の石舞台古墳を家族で見に行ったときにふと著者と同じように「死んだら自分ってどこに行くんだろう」を考え、そのことについてクラスの友達と話したりしていました。それが自我の始まりだった気がします。
あれからうん十年、脳科学やロボット研究の進歩によって、人が自分たち人間をどう見て、どう理解するかについても変わってきたことを実感しています。

著者は心をもったロボットは数十年後には作れると断言していて、一方ロボット工学の研究者のほとんどは心をもったロボットができるのはまだまだ先と考えているという。
いずれにしてもロボットの個性(アルゴリズム)を設計するのは少なくとも最初は人間なので、そこが問題。
倫理観や法の整備など技術革新にはいつもつきまとうことで、そこがちゃんとできるかが心配です。

Written by intervistatokyo

2016/07/03 at  

カテゴリー: Books