「人工知能~人類最悪にして最後の発明」(ダイヤモンド社)を読みました

2017-07-20 18.25.23

ジェイムズ・バラットというドキュメンタリー番組のプロデューサーが書いた本なので、センセーショナルな表現も多いのですが、発明家のレイ・カーツワイル、SF作家のアーサー・C・クラーク、その他たくさんのロボットや人工知能の開発者に取材し、これから加速度的に早いスピードで進むAIや超AIの開発によっていずれAIが人類を滅亡させてしまうのでは?と危惧し、かなりの悲観論を展開しています。

読んでいると怖くなります。信じるかどうかは、別として、AIはもうすでに我々の生活に入ってきており、それがものすごいスピードで今後ますます進化し続け、ある地点を超えると、AI自身が自ら生き残るための戦略をたて自己進化し、自らのプログラムを改良して能力を高め例え人間が電源を切ろうとも、すでになんらかの対策をたててそのときはすでに遅し、、ということになるようなんです。怖いですよね~。ターミネーターのような世界になる?
人間よりはるかに賢い”超AI”がどうなっていくのか開発者ですら、ある地点から理解も予測もできなくなってしまうようなのですね。
読んでいて難しい箇所も多々ありましたが、あたかもSFを読むような気持で読んでいました。
2045年、今から28年後ぐらいには人工知能が人間よりはるかに賢い世界になっているようなのですが、私の年代にとってはそのときの世界がバラ色の世界なのか悲観論者の予測するような世界なのか、その時まで生きていたいような、それも怖いような。
そのころの地球、どうなっているのでしょうか。ヒューマン・フレンドリーな鉄腕アトムのようなロボットをイメージしてきた我々世代にとっては、なんとかフレンドリーなAIをちゃんとプログラムして開発してほしいけれど、もはやそんなことは出来ずひたすら暴走してしまうのでしょうか。
あとがきには、スティーブン・ホーキング博士もビル・ゲイツも今では人類はAIによって滅びてしまうという悲観論をとなえ警鐘を鳴らしているとあります。警鐘が届くべき人達に響くことを祈るばかりです。

「武器輸出と日本企業」望月衣塑子著を読みました

2017-06-28 11.24.10

菅内閣官房長官の会見で鋭く突っ込んでインタビューしていた人は、東京新聞の女性記者だということを知って、著書を読んでみたくなりました。お子さんも二人いて、頑張っている現役記者でこれだけの情報量を取材し本にまとめるのは大変だったことだろうなと想像しながら読みました。

武器ではなく「防衛装備品」というマジックワードや、「デュアル・ユース(民生技術を軍事でも使う)」という曖昧ワードのもとに、武器開発が日本の大学、企業で行われ、そのための開発費が巨額投入されている事実に驚きます。
デュアル・ユースなんだからという気持ちもあって企業も大学も罪悪感が薄まる。武器輸出三原則が2014年に見直され、輸出容認となってしまってからは、この傾向がますます進んでいるようです。
しみじみ、戦争はなくならないわけだ、なぜならビジネスだから、だから絡んでいる企業も大学も抜けられないほど大きな産業になっているからなのですね。
災害救助ロボットの開発技術であったとしてもそれが軍事に転用されることだってありうるわけです。
要は、科学技術を応用する人間の考え方次第ということですね。日本の大学もアメリカ軍の資金提供を受けて行われるロボット開発大会への学生の参加を認めるべきか、そこで開発された技術が軍事に反映されないのかなど危惧やとまどいも大きいとのこと。
一般市民も「防衛装備品」や「デュアル・ユース」などの仕掛けられた言葉に惑わされず、裏に隠された意図をしっかり読まないとだめなんだと思いました。

「技術者のためのマーケティング」~顧客価値の構想と戦略~を読みました

2017-06-11 14.28.51

著者の谷地弘安先生(横浜国立大学大学院教授)は、ある企業の研修を長年監修実施しておられ、数年前にお誘いをうけ、私もその研修プログラムの「価値を探す」リサーチ部分の講師をさせていただいています。
「モノ発想」ではなく「コト発想」でマーケティングすることがいかに大事か、ついつい作り手が陥りがちな「モノ発想」ではなく、顧客の生活現場や顧客自身を深く知ることが大事であることを事例を使って説明しておられます。
第4章「顧客価値を探す」では、上野の著書も参考文献に入れていただいています(感謝)。
谷地先生が書いておられるように、私も普段ユーザーの利用現場に入って観察したり、商品を利用してみて、まずは、リサーチャー自身もユーザー視点に一度たってみる。そうすると問うべきことが浮かんできます。
さらに、先生が書いておられるヒアリングの際の見える化の重要性についても同感です。
私もインタビューの場で対象者の言葉をポストイットなどの付箋紙に見える化しながらすすめることも多い。
デプス・インタビューであれば、語ってくれた言葉を目の前に書き出していく、グル―プ・インタビューであれば、最初に問いを投げかけ、思いつくことを対象者の言葉で思い思いに書き出してもらってから、それらをホワイトボードに貼っていきながらそれをもとに討議する。
会話が他人ごとや抽象論にならない、みんなが語ってくれたことがどんどん見える化される、そしてそれがさらなる刺激となって、また討議が活発になる。写真撮影して保存もでき、とても有意義な討議となる。
何より、クライアントが見ていても、ユーザーが自社の製品やサービスについて普段感じていることが目の前でどんどん言葉(と文字)になって出てくるので説得力もあるように思います。

「たたかう植物~仁義なき生存戦略」(稲垣栄洋著)を読みました

2017-03-17 10.42.44

著者が、Eテレの「SWITCHインタビュー達人達」で雑草について話していたことが、すごく面白く興味深かったので、買ってみました。
雑草は踏まれたり、草むしりされることでかえって種子に光があたって発芽しやすくなる。
かって実家の草取りを手伝った時に雑草のしつこさ、生命力になすすべなくうなだれていた私はこの稲垣先生の説明、雑草の生きる戦略にいたく感動したのでした。
本書では、雑草についてというよりも植物全体の生きるための、めくるめく、賢い戦略について説明しています。
自然界とは相互の戦略で一人勝ちせず、お互いにある程度負けたり与えたりしながら生きていくための戦略に満ちた世界であることが良くわかります。著者の表現も楽しくて、あっと言う間に読んでしまいました。色んな植物の戦略がわかって面白い!

植物と菌との戦いではある程度侵入されることをよしとして、共に歩む道を選択したし、植物と昆虫との戦いにおいては、花粉が食べられるのを防ぐだけでなく花粉を昆虫に運ばせることで子孫を残す道を作ったし、植物と動物との戦いにおいても、果実を実らせることで動物や鳥に餌として食べてもらい、そのうえで種子を運んでもらったわけですね。

シズル・ワード

2016-11-20 08.33.17

「ふわとろ」は、リサーチャー仲間から教えてもらって買った本です。
シズルワードはたくさんあれど、それをここまでまとめた本って珍しい。
第一章は、いろんなお店を経営し「おいしい」を作っている人へのインタビュー。
第二章は、「おいしい」を伝える言葉を研究している人、表現している人の章。
第三章は、映画や本に出てきていた「おいしさ」。第四章は、シズル・ワードの字引。
私は特に第二章が面白く、食のオノマトペにおける複合感覚表現というところで、例えば「ツルツルの素麺」は一つのオノマトペ(ここではツルツル)が視覚的印象と食感(触覚)と音(聴覚)とを同時にあらわしている。色んな感覚に刺激を与えるオノマトペは、おいしさをよりリアルに想像させるという指摘はほんとその通り。
サクサク、パリパリ、シャキシャキ、とろっとろ、もっちもちなどオノマトペで食感を表現されるとシズル感が高まります。
シズルカットを撮影するカメラマンが「キンキンに冷えたシェイク」や「揚げたてのあっつあつのエビフライ」や「口どけなめらかなアイスクリーム」のカットをどう工夫して撮っているのかも少し明かされています。
整然としているよりも、あえて粉がまわりに飛び散っているピザやスプーンからはみ出て垂れそうなアイスクリームの方がよりおいしそうに見えるなど、みる人の感覚に響く要素を盛り込むことが大事なんだそうです・・確かに。
おいしさは全身で感じるものであり、その経験と記憶をもとにして感じるものなんですね。

「暮らしの手帖」読みました

2016-08-01 12.53.06

ドラマ「とと姉ちゃん」、毎朝見ています。
旅先の書店で見つけ、ドラマにも出ていた創刊号のよりぬき復刻版が付録でついていたので思わず買いました。
大学生のころ、消費者の立場で公平にいろいろな商品を試用する「暮らしの手帖」の「商品テスト」がとっても印象的で、こんな仕事ができたらいいな~と憧れていました。

今回久しぶりに読んでいて、ぎっしりと記事が詰まった感じ、どうしてだろうと思ったら広告をとっていないんですね、今でも。すごすぎる、、。花森編集長(ドラマでは花山編集長)の思いが今も受け継がれている。
表紙をめくると今でも、雑誌のコンセプト「これはあなたの手帖です。」ではじまる文章がありました。

「直線裁ち」の洋服、「りんご箱」を使った家具につながる生活の工夫が今もたくさん紹介されています。
戦後何もない時代だからこそ、自分の手で作っていた時代。
私の母も私たちのブラウスやワンピースをも刺繍なども入れながらお手製で作ってくれていました。
「暮らしの手帖」を読んでいるとそんなことも思い出されて懐かしいあったかい気持ちになっていました。

2名体制で超特急で仕上げた調査レポートを昨日提出できたので、明日から16日までは休めそう。
オリンピック観戦しながら、友達に会ったり、お墓参りの後に妹一家と会ったりしてゆっくりと過ごそうと思います。

「疲れない身体」をいっきに手に入れる本(藤本 靖著)を読みました

2016-07-10 15.13.57

パソコンを長時間使って疲れたとき、聞きたくない話をたくさん聞くはめになってストレスがたまったとき、耳をひっぱることで身体をゆるめるなんて、考えたこともないワークが冒頭紹介されていて、”あっ面白そう”と思い書店で買いました。
著者は「ロルフィング」という筋膜に働きかけて身体を整えるボディワークを習得している人。
耳も緊張しているという意識すら、そもそも無かった。。。

目の筋肉が疲れない方法としては、パソコン画面を目を緊張させて見つめるのではなく、「トンボの目でみる」=目ではなく後頭部にある視覚野あたりで見るつもりで(これ、イラストなしではイメージ伝わりませんが)=つまりパソコンの向こうの背景や画面の周辺なども含めて広範囲でみるようにすると首・肩の疲れまで違うということ。
確かについつい、眼球で画面の1点を見つめてしまいがち。そうすると視野も狭くなって、さらに力が入って眼球のまわりの筋肉や首まで凝ってしまうそうです。
これは人と面と向かって話すときにも使えるそう。相手の目だけを凝視するのではなく、顔全体を「トンボの目」で見るようにすると緊張しないそうです。
そういえば、私もインタビューの時には冒頭では相手の顔全体をみていて、だんだん話が深くなって共感したり同意したりしてくると、自然に目で直接合図を送っている気がします。最初から相手の目だけを注視しているとかえって緊張が伝わってしまいますので。

パソコンのキーボードを打つときにも指とキーボードの間に薄皮1枚挟んでいる気持ちで打つと過剰な力を入れずに打てるとか。
う~ん、これはついつい力が入ってしまうゴルフの時にも、柔らかくゴルフクラブを握る方法として使えそう~と勝手に応用編を考えてしまいました。
大事な場面でこそ、身体の力を抜いてパワーを出すということが大事ってわかっているのですが、ついつい緊張すると力が入る。プレゼンの時、人と会う時、スポーツする時、いろんな場面で活用できそうです。

「脳はなぜ『心』を作ったのか」(前野隆司著)を読みました

2016-06-27 08.42.16

最近、AI(人工知能)についての記事を目にすることも多く、ロボットに心や意識が宿るのかについて私も関心をもってみています。この本は2回読みました。1回目は夢中で、2回目は蛍光ペンでハイライトしながら。

著者は、すでに小学校低学年で「私とは何だろう」「死んだら自分の心はどうなってしまうんだろう」ということを考えて眠れぬ夜を過ごしていたそう。
その後大人になり、ロボットの身体の成り立ちを研究する過程で、心はどんな風に運営されているかを考えたときにおそらくこういうことではないかという彼の仮説を説明したのがこの本です。
とにかくわかりやすくて、ああ~そういうことだったか、そう思わざるを得ないなと納得した箇所がたくさんありました。
例えばこれまで暗黙知という概念でとらえていたようなことも、神経回路のなせる技「非言語的記憶」だったんだと思えましたし、無意識という概念も神経回路がせっせと活動してくれているその仕事の結果なのだと思うと理解できた気がします。
そして「私」がすべてを川上からコントロールしているわけではなく、川下で起きた結果を自分がやったことだと錯覚しているという著者の提示する「心の地動説」は、斬新。東洋的でもありながら、刺激的。
私も小学校高学年で奈良の石舞台古墳を家族で見に行ったときにふと著者と同じように「死んだら自分ってどこに行くんだろう」を考え、そのことについてクラスの友達と話したりしていました。それが自我の始まりだった気がします。
あれからうん十年、脳科学やロボット研究の進歩によって、人が自分たち人間をどう見て、どう理解するかについても変わってきたことを実感しています。

著者は心をもったロボットは数十年後には作れると断言していて、一方ロボット工学の研究者のほとんどは心をもったロボットができるのはまだまだ先と考えているという。
いずれにしてもロボットの個性(アルゴリズム)を設計するのは少なくとも最初は人間なので、そこが問題。
倫理観や法の整備など技術革新にはいつもつきまとうことで、そこがちゃんとできるかが心配です。

「USJを劇的に変えた、たった1つの考え方」を読みました

2016-06-20 11.10.08

今週は、実査があり慌ただしい週でした。
あらためて企業が持っている複数のブランドの価値をどう維持するのかについての示唆をたくさん得られた週でした。
ということで、マーケティングって何なのかがよくわかる本を読みましたのでご紹介します。

現在ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)のCMOであり、かつてはP&Gでマーケティングを実践し、P&G米国本社でも体験を積まれた著者だけあって、マーケティングの基礎が大変わかりやすく書かれています。
本を書くきっかけが娘さんにお父さんの仕事って何と聞かれ、マーケティングをわかりやすく説明する必要性を感じたというだけあって学生の人が読んでもわかりやすいし、実際社会人になった人が読んでも勉強になります。
本当にそうだな~と思うのは、著者が書いているように『マーケティングの本質とは、売れる仕組みを作ること』であり、『どうやって売れるようにするかというと消費者と商品の接点を制する(コントロールする)こと。コントロールすべき消費者との接点は、3つ』

1)消費者の頭の中を制する
2)店頭(買う場所)を制する
3)商品の使用体験を制する

消費者の頭の中に「選ばれる必然を」作るということ、Brand Equityを築くための活動・ブランディングをすること。
日々、消費者にインタビューしていても感じますが、「消費者の頭の中」ですでに勝負がついていることも多い。
消費者の3つぐらいの選択肢に入ることが、実はいかに大変なことかを日々感じています。

USJが5年前から「映画だけのテーマパーク」をやめて「世界最高のエンターテイメントを集めたセレクトショップ」にブランド戦略を切り替えたのは、まずは財務体質を強化する必要があったこと。そのためにゲームやアニメのブランドを集めてパークの集客を強化し、力をつけてそして垂涎のハリーポッターを建てられるまでになったそうです。

「マーケター」という職種をもっと若い人にも広く知ってもらい理解も深めたいという著者の思いが綴られた本です。

「ジョコビッチの生まれ変わる食事」を読みました

2016-06-08 09.12.24

書店で見かけて、つい買ってしまいました。
あれだけ強いジョコビッチはどんな人なのだろうという興味で。

11か月がシーズンのプロテニスプレイヤーとして(しかもトップで)戦いぬくためには、こんなにストイックに日々を過ごしているのかということにまず敬服します。本当にそこまで含めての戦いなのだなと。
2010年以前のジョコビッチの原因不明の不調は、グルテン不耐症が原因だったそうです。
それがわかり食事をグルテンフリーにしてから、試合途中で原因不明の呼吸困難を起こすこともなく勝ち続けているのです。セルビアで育ったという環境もメンタルの強さと関係しているんでしょうね。
グルテンがどういうものか、がこの本を読んでよくわかりました。
また、この本で各内臓がそれぞれどのようなスケジュールで毎日厳密に活動していて人間の身体とはなんとすごいのだろうとあらためて思いましたし、各臓器ががんばってくれているのにそれを無視して暴食しちゃいけないな~と反省してしまうのでした。

私自身、眼科でアレルギー検査をしたことがあり、花粉含め、食品もいくつか擬陽性が出たので症状は出ていないもののその食品は食べ過ぎないように注意してくださいと言われていますが、そこまで真剣に考えてはいませんでした。

グルテン不耐症かどうかの検査は、2週間グルテンフリーの食事をして体調が変わるかをみるか、病院で検査または自分でキットを買って検査するしかないのですが、そこまで根性のない私は、これまで眼科でやった検査結果で出ている品目についてのみ多少注意することにしました。

そして、とにかく食べることをもっと丁寧に、飽食の時代だからこそ自分が食べるべきでないものは避け、食べるべきものを選んで、食材と身体に感謝しつつ食べなくちゃと思いました。